改めてお付き合いをする神進
- 3月8日
- 読了時間: 6分
打算ありきで交際していた神進が「7」のエピローグのあと改めて交際をする話です。
「お話ししたいことがあるんです」と進くんに声をかけられ、今日は久しぶりに二人きりで外食をすることになった。
――これはデートのお誘いかな。などと期待してしまうが、進くんの様子からしてそうそう浮かれていい状況でもないようだ。
最後に進くんとデートと呼べる行為をしたのは、オリックスがリーグ優勝を決めた試合の数日前だった。
それからの進くんはお兄さんとの対決のことで頭がいっぱいらしく、僕のほうから誘いをかけていい雰囲気ではなかったから、二人きりで会うのは本当に久しぶりだ。
――ああしかし、これはいわゆる「別れ話」というやつかもしれない。
進くんが僕と親しくしていたのは、当人が言っていた通り兄との対決のためだ。それを終えたいま、僕と恋人ごっこをする必要はないのだろう。進くんの自室ではなく公共の場に誘われたのも、物理的な距離を取るための意図があるように思える。
進くんが純粋な好意から僕を慕っていたわけでないことは察していた。その上で彼に付き合っていたとはいえ、いざこうなると少し寂しさを感じる。
別に、僕を利用しているだけであっても構わないのだが――そんなことを考えながら、事前に指定された待ち合わせ場所に向かう。進くんはまだ到着しておらず、僕は席に座って彼を待つことにした。
「あ……すみません、神童さん。お待たせしてしまって」
「ううん。僕もちょうど来たところだよ」
数分後には私服姿の進くんが現れて僕の向かい側に腰を下ろした。その表情が若干強張っているように感じるのはきっと気のせいではないのだろう。
「今日は来てくださってありがとうございます。ここ、パスタが美味しいんですよ」
メニュー表を手に取りながらも進くんの視線はどこか落ち着きがない。
互いにメニューを注文して、注文用の端末を置くと少しだけ沈黙が流れた。その気まずい空気を破るように、進くんが「あの……」と遠慮がちに口を開く。
「神童さんに、改めて謝りたかったんです」
「謝る?」
「あのときは小波さんもいたし、僕も心穏やかではなかったので、きちんと神童さんに謝罪することができませんでした。それに、失礼なことも言ってしまって……だから、今日はどうしても直接会ってお詫びさせていただきたいと思ったんです。ごめんなさい……」
進くんは俯きながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
あのとき――というのは、日本シリーズの少し前のことだろう。「僕は神童さんを利用していました」そう告白されると同時に、「神童さんに僕の気持ちはわからないんだ」と言われた記憶もある。
兄弟の込み入った事情に口を挟んだのだから、進くんが不快に感じるのも致し方ない。そう反省していたのだが、それは進くんのほうも同じだったらしい。
互いにあのときのことを気にしていたのかと思うと、なぜか安心してしまって意図せず笑みがこぼれた。そんな僕の反応が不思議だったのか、進くんは訝しげに首を傾げる。
「僕も君に謝りたいと思っていたんだ。何も知らないのに横から口を出して申し訳なかったね」
「いえ、そんなことありません。神童さんが僕を心配してくれていたのはわかっていましたし……それなのに、八つ当たりみたいなことをしてしまいました」
「そうか。じゃあ、お互いさまということでこの件は水に流さないかい?」
そう言って微笑みかけると、進くんは一瞬目を見開いて驚いた様子を見せたが、すぐに照れたように笑みを返して「はい」と応えてくれた。
「……君は他人に頼ることを悪いことのように思っているようだけど、僕はもっと頼ってほしいと思っているよ。もっと我儘になってくれていいし、不満があったら言ってほしい。僕は進くんが抱えるものを、少しでも軽くしたいんだ」
僕の言葉に進くんは恥ずかしそうに俯いて目を伏せる。そして、何かを言いかけてやめる仕種を何度か繰り返したあと、覚悟を決めたように顔を上げた。
「あの……神童さんはどうしてそこまでしてくれるんですか? 僕なんかのために……」
進くんの問いに今度は僕が困ってしまった。
正直な話、自分でもなぜこんなにも彼のことを気にかけてしまうのかよくわからない。ただ、「放っておけない」という気持ちが一番近い気がする。彼の兄は進くんをやたらと構いたがっていたようだが、その心情は僕にも少しわかるような気がした。
「それは……君のことが大切だから、かな」
なんとか答えをひねり出すと、進くんは大きな瞳をさらに大きく見開いてこちらを見る。かと思えば、次の瞬間には頬を真っ赤に染めてまた俯いてしまった。そんな進くんの様子が可愛くてついつい頬が緩んでしまう。
「あ、ありがとうございます……あの、突然変な質問をしてすみません」
「ううん、大丈夫だよ」
「それで、神童さんが迷惑でなければ……これからも僕と仲良くしてくれますか? あの……僕、神童さんのこと、尊敬しているんです。チームメイトとして接していくうちに、あなたを目標にしたいと思うようになりました。もちろん、野球以外でも……」
そう言って恥ずかしそうに俯く進くんを見ていると、強い庇護欲が湧いてくるのを感じた。彼に対する愛おしさが胸に込み上げてきて、衝動的に手を伸ばして進くんの頭を撫でてしまう。
進くんは驚いたらしくびくりと肩を跳ねさせたものの、抵抗することはなくはにかむような表情を浮かべた。
「よかった。てっきり君にふられてしまうんじゃないかと心配していたんだよ。今日は僕たちの関係を清算するために呼ばれたものかと思っていてね」
冗談めかしてそう言うと、進くんは慌てたように首をぶんぶんと横に振る。そんな姿もまた愛らしく思えて、口元が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えた。
「そ、そんなことしません! 確かに最初は嘘をついていましたけど……いまは本当に神童さんを尊敬していますし、素敵な人だと思っています」
耳まで赤くしながら告白する進くんの姿が愛おしくて、もっと彼の様々な表情を見てみたいという好奇心に駆られる。
「僕はね、君のことを大切な存在だと思っているよ。進くんと特別な関係でありたいと考えている。それが恋慕なのかは自分でもわからないけど……君の近くにいるために、そういう体裁が必要ならこれからも君と付き合いたいと思っているんだ」
自分の想いを率直に伝えると、進くんは耳まで真っ赤にして固まってしまった。それでも目だけは忙しなく動き回っていて、驚愕と喜色が混じったような何とも言えない表情をしている。
「えっ……えっと……あの……」
進くんは混乱したようにうろうろと視線をさ迷わせて、意味のある言葉を発しようと何度か口を開く。だが結局うまくいかなかったようで、最終的には顔を伏せてしまった。
「嫌だったかな?」
わざと不安げな表情を作って尋ねれば、進くんは勢いよく顔を上げて何度も首を横に振った。その必死さが可愛らしくて自然と目を細めてしまう。
「い、嫌なわけないです! でも……」
「でも?」
「僕なんかが神童さんに釣り合うのかなって……」
自信なさげに呟かれる言葉に、僕の眉間に皺が寄るのを感じる。どうやら進くんは、自分の価値を低く見積もる悪癖があるらしい。
「釣り合うも何も、僕が進くんと一緒にいたいと思っているんだよ。それだけで充分じゃないかな」
「そ、そうでしょうか……」
まだ納得していない様子の進くんに苦笑しつつ、「そうだよ」と念押しするように言えば、ようやく納得したらしく小さく頷いてくれた。
「じゃあ、決まりだね。改めて、これからもよろしく頼むよ」
「は、はい……」
手を差し出せば、少し戸惑いつつも握り返される。進くんの小さな手は温かくて柔らかくて、その感触にまた頬が緩むのを感じた。

