top of page

神進 ※R-15

  • 2月23日
  • 読了時間: 5分

 こちらの神進の続きっぽい話です。




 いっそあなたが酷い人だったなら、こんな罪悪感を抱かずに済むのだろうとよく思う。

 先ほどまでの行為の余韻に浸りながら、僕はまだほんのりと湿ったシーツを撫でた。

 彼は優しいのだ。とても優しくて、そして残酷な人なのだ。

 僕のことをつっぱねて、さっさとこの部屋から出ていけばいいものを、彼はいつだって僕のわがままを受け入れてくれる。

 だから、今日も僕はこうして彼を招いて、どうしようもない虚しさを満たしていた。その代償として得たものがこんなに苦しいものだとは思わなかったけれど。

「どうして優しくしてくれるんですか……」

 嗚咽交じりに吐き出された言葉はひどく情けなく聞こえた。

 こんなことを口にしたところで相手を困らせるだけだとはわかっているのに、一度堰を切った涙は止まりそうにない。

 神童さんは困ったように眉尻を下げ、苦笑しながら僕の頭をそっと撫でてくれた。

 その掌は大きくて暖かくて、すごく安心できて――だからこそ僕はますます惨めな気持ちになってしまうのだ。

「君が大事だからだよ」

 神童さんの穏やかな声色に、再び涙が零れた。

 どうしてこの人はこんなに優しくしてくれるのだろうか。その優しさが今は痛くて堪らない。

「僕は……僕は、神童さんに甘えてばかりなのに……」

「それでいいんだよ。僕は、君に甘えてもらえるのが嬉しいんだ」

 神童さんの言葉に僕は息を詰まらせた。

 神童さんの真摯な態度に心臓を握り込まれたような心地になり、同時にまた涙腺が壊れてしまったのかと思うぐらい大量の涙が瞳から流れ出していく。

 見苦しいことこの上ないはずなのに、神童さんは咎めるような素振りを見せず、ただ黙って僕の背中を摩り続けてくれた。

 その優しさが本当に嬉しくて、でもやっぱりつらくてたまらない。

 面倒なやつだと無視してくれたなら楽なのに、神童さんは絶対にそんなことはしないのだ。それをわかっていながら彼に縋る自分の狡猾さが嫌になる。

「進くん。泣かないで」

 神童さんはどこまでも優しい声音で囁くと、僕の涙を掬い取るように瞼にキスを落とした。その感触たまらず身を竦ませると、今度は額や頬にも口付けが落ちてくる。

「……っ……ごめん、なさっ……」

 もう謝ることしかできなくて何度も同じ台詞を繰り返す。

 ごめんなさい、僕なんかに構わせてしまって。ごめんなさい、こんなに面倒臭いやつで。ごめんなさい、こんな卑怯者で。ごめんなさい――

「……いい子だ」

 神童さんはそう言って僕の涙を拭う。それからゆっくりとこちらに体重を預けてきて、まるで幼い子どもをあやすかのように頭を撫でてくれた。

 あやすみたいに触れられるたびに、喉からしゃっくりが出てしまう。泣いたら迷惑だとわかっていても涙を抑えることができなくて、どうすればいいかわからなくなってまた泣いてしまった。

 神童さんはそれを咎めたりはせず、ただ静かに僕の頭を撫で続けている。

「進くんは泣き虫だね」

「……すみません……」

「いいんだよ。僕は、そんなところも可愛いと思っているんだから」

 神童さんは柔らかな声色で語りかけながら僕の目元に口づけた。次いで眦、鼻先、耳朶といった順番で薄い皮膚を辿っていく。

「もう謝らなくていい。……今日はもう何も考えずに眠ってしまおう」

 そう言うと、神童さんは僕の目を手で覆い隠してしまった。

「大丈夫、怖いことなんて何もないから。だから気にせずに寝てしまえばいいんだ」

 神童さんの低い声が耳に滑り込んでくる度に思考が麻痺していくのがわかる。頭がぼんやりしてきたせいなのか瞼も重くなってきて、気を抜けば意識を失ってしまいそうだ。

「大丈夫、ちゃんと傍にいるから。安心して眠っていいよ」

 神童さんの落ち着いた声音を聞きながら、僕は彼の言葉に従う形でゆるりと瞼を閉じた。途端に睡魔が襲ってきて、抗うことなく意識を手放す。

「……おやすみ、良い夢を」

 そんな声が聞こえた気がしたけれど、それに答える前に僕の意識は闇に溶けてしまっていた。


 ***


 泣きじゃくりながら謝罪する進くんの姿に、痛々しい気持ちになると同時に、どうしようもない愛おしさを感じている自分がいた。

 進くんは愚直だ。思慮深いと同時に正直で、不器用で誠実だった。

 世渡りがうまければ、こんなに苦しむこともなかっただろうに。それができないのは、ひとえに彼の誠実さ故のことだった。

 あどけない寝顔を見下ろしながら小さく溜息を吐き、進くんの整った鼻梁を親指の腹でそっとなぞる。

 他者を利用してでも自分の目的を達成しようとする強かさがあるいっぽうで、その行為を肯定できない良心も抱えている少年。

 それは歪で、健気で、ひどく不完全で、あまりに危うくて――だからこそ放っておくことができないのだ。

「……本当に困った子だよ、君は」

 小さく独り言を呟き、赤い目尻に唇を寄せる。

 進くんは僕のことを「優しい」というが、おそらくそれは買いかぶりというものだろう。

 進くんは僕を通して兄を見ている。それを理解しながら、僕は進くんを庇護することで自分を満たしているのだから。

 それはとても残酷で、ひどく独善的な行為だった。

 彼がそれを望んでいるから、これは彼のためだから――そんな言い訳をしながら彼を抱いているのかと思うと、滑稽すぎて嗤いが込み上げてくる。

「でも……それでもいいじゃないか」

 自嘲気味にそうひとりごち、腕の中で眠る彼の旋毛に鼻先を埋めた。進くんの匂いが肺一杯に広がり、言いようのない充足感が身体の隅々に行き渡っていく。

 君が僕を求めるのなら、僕はそれに応えてあげよう。君の空虚を埋めてあげることはできないけれど、それを紛らわせることくらいはできる。

 それは決して健全な関係ではないのかもしれないけれど、少なくとも今の君にとっては必要なことなんだろう?

 だから、いましばらくは――こうして二人だけの秘密を共有し続けるのも悪くはないんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、僕は進くんの身体を抱き寄せて目を閉じた。

bottom of page