境界線 ※R-18
※「秘め事」のマモル視点です。
焚き火の燃え殻がパチリと小さな音を立てて爆ぜる。マモルは火掻き棒を操りながら、その音だけが支配する静寂の中に身を置いた。
星空の下で野宿するのはもう何度目だろうか。最初は獣の気配に怯えていたススムも、今では疲れ果てた顔でぐっすりと眠っている。
汗で額に貼り付いた前髪。幼さの残る輪郭。規則正しい寝息が夜気を揺らす。焚き火の赤い光と月明かりが交互に映るその顔を、マモルはじっと眺めていた。
「ススム」
名を呼ぶだけで胸の奥が締め付けられる。
皇子としての仮面を脱ぎ捨てた瞬間の、この焼けるような感情。幼い頃からずっと守り続けてきた弟に対して、いつからこんな醜い欲望を抱くようになったのだろう。
――違う。
マモルは胸中で苦々しく呟く。
本当は昔からその兆候があったのだ。自分が認めていなかっただけで。兄という立場がその情動を押さえつけ、欲望に蓋をし続けてきたのだ。だが、いまは――
周囲に誰もいない。従者も護衛もいない。完全に二人きりだった。
その事実がマモルの自制心をじわじわと侵食していく。抑え込んでいた何かが鎌首をもたげ始める。
――何を考えているんだボクは。
内心で自分を叱咤しても視線は弟の寝顔から離れてくれない。健康的な色の肌。半開きになった唇。呼吸に合わせて静かに上下する胸元――
自分の理性が脆くなっていることをマモルは悟った。長い旅路で疲弊した精神が歪んだ方向へ傾き始めているのかもしれない。
――いけない。
マモルは焦燥感に駆られた。急いで立ち上がり、足音を殺しながら森の奥へと入る。弟の寝息が届かない程度の距離まで来ると、木に凭れて大きく息を吐いた。
空を見上げると星が天幕のように広がっている。マモルはその景色に意識を集中させて自身を鎮めようとした。
だが、頭上に瞬く輝きを追いかけてみても昂りは治まらず、却って己の浅ましさを思い知らされるばかりだった。
マモルの下半身は既に重たい熱を持ち始めている。
思わず自嘲的な笑みが漏れた。どれだけ理性的であろうとしても本能に逆らえず、弟の寝顔一つで昂ってしまう己の脆弱さが恨めしい。
――少しすれば収まるはずだ。
そう言い聞かせながらマモルは冷たい夜風に当たった。だが、火照りは一向に冷めてくれない。
「くそ……」
マモルは小さく毒づいた。いまは火の番をしている最中だ。いつまでも茂みに籠もっているわけにはいかない。
マモルは覚悟を決めて自分の衣服の中に手を忍ばせた。その途端、脳裏に焼き付いたススムの寝顔がよみがえってくる。伏せられた長いまつ毛。安心しきった幼い表情。
――ダメだ。考えるな。
必死に記憶を振り払おうとするのに、思考は勝手に弟の寝姿を再生する。健やかな吐息。柔らかい髪の感触。いつか触れた肌の滑らかさ――
気が付けばマモルの手は自身の性器を掴んでいた。罪悪感が胸を締め付ける一方で、背徳的な興奮が背筋を走る。
「っ……くぅ……」
甘美な感覚が脳髄を侵蝕していく。
頭の中でススムの姿が鮮明になるにつれ手の動きが加速し、やがて快楽の頂へと辿り着いた時マモルは絶望感と共に吐精した。
全身を駆け巡る解放感と同時に襲ってくる後悔と自己嫌悪。弟を利用して性的な満足を得たという罪の意識が波のように押し寄せてくる。
汚れた手を眺めながらマモルは歯噛みした。
このままではまた衝動に流されてしまいかねない。自慰で済むのであればまだいいが、もし衝動に任せてススムに何かをしてしまったら――
深いため息と共に顔を上げる。
野営地へと帰るべく踵を返そうとしたとき、視界に入ったのは呆然とこちらを見る弟の姿だった。
「……ススム?」
マモルは血の気が引いた。一体いつからそこにいたのか。まさか先ほどの行為を見られてしまったのではないか――そんな不安がマモルを覆う。
「兄さん……」
月明かりに照らされた弟の表情には驚愕と戸惑いが混じっている。
「いや……これは……」
マモルの頭の中は真っ白になった。弟に欲情して自慰に耽っていたなど言えるはずもない。ごまかす言葉を探すものの、舌が痺れたように動かなかった。
「……手伝いましょうか?」
しばしの沈黙の後にススムが口を開く。
予想外の提案にマモルは困惑した。しかし、その言葉の意味を脳が認識した途端に体が凍りつく。
「何を言って……」
マモルの声は掠れ、力を失っていた。弟の言葉の真意が測れない。冗談なのか本気なのかさえ判然としなかった。
「だって……まだ終わっていませんよね?」
ススムのまっすぐな眼差しがマモルを貫く。その純粋な視線を受けて、マモルは顔に血液が集まるのを感じた。
「冗談にしては質が悪すぎるぞ」
努めて冷静に振る舞おうとするが、声が上擦っているのが自分でもわかる。
ススムは臆することなく一歩近づいてきた。
「ここには兄さんと僕しかいません」
まるで暗示のような言葉。弟の静かな迫力に圧倒されてマモルは言葉を失う。
ススムの手が伸びてきてマモルの腕に触れた。その柔らかな温もりが心地良くて――あるいは怖くて――マモルは動けなくなる。
「……嫌ですか?」
拒むべきだ。兄弟として越えてはならない一線があるはずだ。
だが――マモルの腕はススムの体を引き寄せていた。直に感じる弟の香りと肌の温もりが、マモルを狂おしい衝動に駆り立てる。
「兄さん……」
ススムの囁きが耳元で溶ける。
ここで拒めばよかったのだ。そうは思ってもマモルは抗えなかった。弟に対する愛慕が溢れ出し、抑制していた欲望が堰を切ったように奔流となって流れ出す。
「ボク達は……」
禁忌に触れる恐怖と、それを超えて弟を求める激情がマモルの中で交錯する。兄としての義務感と、一人の人間としての本能――二つの間でマモルは揺れ動いていた。
「いいんです」
ススムの手がマモルの背中を擦りながら上がってくる。その指先が肩甲骨の窪みをなぞり、微かな震えとなってマモルの肌を粟立たせた。
「何も考えなくていいんですよ」
ススムの囁きに理性が砕け散る音が聞こえた気がした。
気が付けばマモルの両腕は弟の背中を固く抱きしめ、互いの吐息が肌で感じられるほど密着していた。
「兄さん……」
夜風が梢を揺らし、弟の香りが鼻腔をくすぐる。甘やかでありながらどこか爽やかなそれは、マモルを蕩かせる媚薬のようだった。
マモルの唇がススムの額に落ちる。柔らかい肌に触れるだけで心臓が早鐘を打った。緊張で指先が震えそうになるが、それを悟られないようマモルは震えを抑え込む。
「ん……ぁ……」
額から眉間へと移り、瞳の傍へ。熱を持った唇が敏感な場所を辿るたび、ススムの口から小さな吐息が零れた。
「嫌じゃないか?」
尋ねる声は低く掠れていた。
マモルは自問していた――本当にこんなことが許されるのかと。それでも止めることができない自分が憎らしかった。
「嫌なんてこと、ありません」
弟の唇が微かに震えている。それが怯えなのか期待なのかマモルには判別できない。
「あ……っ……」
唇を耳朶へ運ぶ。外側を柔らかく食むと弟の肩が跳ね上がった。
「兄さん……」
弟の腕が背に回り、マモルを引き寄せる。胸板同士がぴたりと合わさり、互いの心臓の鼓動を伝え合った。
「んぅ……ふ……」
互いの熱が溶け合う感覚に酔い痴れながらマモルは弟の身体に唇を降らせる。
胸元へと下りていく唇が微かに隆起した突起を捕えた時――弟の声に明らかな喘ぎが混じった。それはマモルにとって初めて聞く弟の淫靡な声だった。
「はぁ……ぁ……っ!」
指先で突起を捏ね上げると細い肢体が弓なりに反る。無垢な体を暴く背徳感と所有欲が、マモルの中に潜む凶暴な獣性を刺激した。
「あぁ……ん……兄さん……」
次第に高まっていく熱気が二人の空間を満たす。その中でマモルの思考は霧に霞むように曖昧になり始めていた。
本来あってはならない関係であるという意識は確かにマモルの中に存在している。しかし、狂おしいほどの情動を前にしてそれは何の抑止力にもならなかった。
マモルを招くようにススムの両足が広げられる。その行為が意味するところを悟った時――理性の糸が切れてしまうのではという恐怖がマモルを襲った。
「兄さん……きてください」
弟の声音には確固たる決意が籠もっていた。躊躇うマモルに対して、覚悟を促すような響きだった。
「ススム……」
ススムの指がマモルの手を導く。衣服越しに弟の兆しを感じ取り、マモルの心臓が一段と激しく打ち鳴った。
「兄さん……」
懇願するような声とともに手に絡ませられた指は汗ばんでいる。
「大丈夫です」
まるでマモルの恐怖を見透かすように囁かれ――マモルの最後の抵抗が剥ぎ取られた。
「ふ……ぅ……!」
マモルの指が弟の服の中へ潜り込む。直接的な接触にススムの体がびくりと跳ねた。
「あ……ぁ……ん……!」
マモルの指先が敏感な箇所に触れる度、ススムの身体は悦びの反応を示す。マモルの指は的確に弟の快楽の源を探り当てていた。
「兄さん……もっと……触ってほしいです……」
ススムは羞恥と恍惚の入り混じった表情で訴えかけてくる。マモルは無我夢中で唇を奪い、更に奥深い場所へと指先を進めていった。
「んっ! あぁ……ッ!」
初めて味わう快楽に翻弄される弟の姿はあまりに淫靡で蠱惑的だった。マモルはその魅力に引きずられるままススムの身体を貪る。
「兄さん……好き……大好きです……」
「……ああ、知っている」
ススムの脚がマモルの腰に絡みつく。その動きは貪婪でありながら拙かった。
互いの吐息が絡み合い、交わる度に甘い吐息が漏れる。夜風が梢を揺らす音と重なり合いながら、二人は絡まりあった四肢を揺らす。
「んぁっ! あぁ……っ!」
弟の嬌声が宵闇に吸い込まれてゆく。マモルの指先は弟の最奥を貫き、柔らかい肉壁を押し広げていった。
「はぁ……んぅ……兄さん……」
ススムは幾度も名を呼びながら、熱に浮かされたようにマモルにしがみつく。
「来て……ください」
弟の両腕がマモルの首に巻き付き引き寄せる。潤んだ瞳が涙の膜を通して光を反射するさまが、月明かりの中で幻想的に輝いていた。
怒張で入り口を探り当てると弟の体が微かに強張るのが伝わる。その反応は怖れではなく、未知の行為への畏れだと理解したマモルはゆっくりと自身を埋めていった。
「あ……ぁ……っ……」
狭隘な入口がミシッと悲鳴をあげる。それでもススムの脚はマモルの腰を捉えて離さなかった。
「兄さん……すごく熱いです……」
陶酔したような口調で告げられる言葉にマモルの腰がさらに前へ突き出される。弟の最奥に楔を打ち込むたびに、絡みつく襞が蠕動して彼を迎え入れた。
「う……あぁ……っ…!」
容赦の無い律動が繰り返され、ススムの甘い喘ぎが絶え間なく溢れ出す。結合部から伝わる灼けるような熱と締め付けの痛みは、お互いの存在を刻みつけるようだった。
「兄さん……もっと……もっとください……」
切実な声と共にススムの爪がマモルの背を傷つける。絡み合う吐息も肉体も何もかもが融けあい、二人の境界線は曖昧になっていった。
「ススム……愛してる……」
「あ……嬉しいです……兄さん……」
ススムの両腕がマモルを強く抱きしめた。汗ばんだ肌同士が密着し、互いの鼓動が共鳴する。夜風が肌を撫でる感覚すら刺激となり、二人を高みへと押し上げた。
「あ……ぁ……っ……!!」
ススムの体が不規則に震え始めた。マモルの動きに合わせて波打つ細い肢体と、抽送が生み出す淫靡な音色が宵闇に溶けていく。
「はぁ……んぅ……あぁ……っ……!」
弟の眦から涙が一筋伝い落ちる。その雫を唇で掬い取りながらマモルは強く穿った。ススムの内部は激しく蠢き、マモルの全てを搾り取ろうとしている。
「ススム……もう……」
限界が近いことを告げると、ススムの足がより深く絡みついた。
「兄さん……一緒に……お願いします……」
弟の懇願に導かれるままマモルは更に動きを激しくする。荒々しい抽送によって奏でられる卑猥な水音が周囲の闇夜を賑わせた。
「あぁっ! 兄さん……っ……!」
マモルの背中に回された弟の腕にギュッと力が込められる。
二人の体温が溶け合う心地よい感覚に包まれながら、マモルは弟の身体を貪った。
世界に二人きりとなったような錯覚の中、ただ互いを求め合うだけの獣になっていたいと思ったのである。
行為の後の虚脱感の中、二人は折り重なったまま互いの鼓動を感じ合っていた。
「痛くないか?」
マモルの手がススムの汗ばんだ額をそっと拭う。弟の表情には明らかな安堵と幸福感が滲んでおり、そこに後悔の色を読み取ることは出来なかった。
「大丈夫ですよ」
そう答えながらススムはマモルの胸元に頬擦りする。
その仕草があまりにも愛おしくて――マモルは弟の体をしっかりと抱きしめた。先程までの破滅的な快楽とは異なり、穏やかな幸福感がマモルを満たしていく。
空気は澄み渡っていて夜気は冷たい。それでも火照った肌には心地よく感じられた。
二人きりの時間がこんなにも短いなんて皮肉なものだ。そう思いながらマモルは弟の髪を撫で続ける。
旅路の終わりが近づけば二人の関係はどうなるのだろう? 皇族として生きる未来の中で、今日のような密かな逢瀬は許されるのだろうか?
懊悩は尽きることがなかったが、マモルは敢えて考えないようにした。今はただススムとの時間に浸っていたかったのだ。


